■【エロ小説・SS】放課後屋上に呼び出されたから行ってみたらくそでかい鋏を突きつけられてた・・・ 第2話
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    如月更紗の謎がわかったようで結局わからないやつだった。
    とりあえず幼馴染との修羅場になりそうなのに期待。
    血が流れてしまうんだろうか・・・
    ■所要時間:35分 ■約23943文字

    【エロ小説・SS】放課後屋上に呼び出されたから行ってみたらくそでかい鋏を突きつけられてた・・・ 第2話

    【エロ小説・SS】放課後屋上に呼び出されたから行ってみたらくそでかい鋏を突きつけられてた・・・ 第2話


    「【エロ小説・SS】放課後屋上に呼び出されたから行ってみたらくそでかい鋏を突きつけられてた・・・ 第2話」開始

    ヤンデレの小説を書こう!スレ

    681: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/08(月) 00:53:03 ID:nxdo25K6
    ・第五話
     里村春香姉さんは弱い人だった。他人を傷つける強さも、他人から傷つけられる強さも持っていなかった。
    誰かと深く関わって傷つくのが怖くて、誰かと深く関わって傷つけるのが怖くて、いっそのこと誰とも関わらない
    ことを選ぶような、そんな人だった。けれど姉さんはどこまでも弱くて、独りぼっちでいることに堪えられなくて、
    それどころが他人を傷つけないことにも、他人から傷つけられないことにも堪えられないほどに――弱かった。
     圧倒的に弱かった。
     致命的に弱かった。
     弱い、か弱い、女性だった。
     自分自身の腕に傷を刻み込んで安堵するような人だった。生きることが怖くて、生き続けることも怖くて、
    死にたがっていた。そのくせ死ぬのが怖くて、自分では死ねなくて、誰かに殺されるのを願っていた。
    『冬継。姉さんを殺してくれないかしら』
     時折何の前触れもなく呟いていたその言葉は、間違いなく姉さんの本音だったのだろう。
     けれど――殺せるはずもなかった。
     姉さんが、生きることに堪えられないほど弱い人なら。
     僕もまた――姉さんが死ぬことに堪えられない人間なのだから。
     姉さんを殺すことなどできるはずもなかった。僕が首を横に振ると、姉さんは『そう』とだけ応えて、どこか遠くを見るような眼をした。
    あれは、今にして思えば……姉さんは待っていたのだろう。
     いつか、自分を殺してくれる人を。
     腕に傷を刻みながら――ずっと、待ち続けていたのだろう。

     そして姉さんは一年前に、学校で飛び降り自殺をした。最後に、今まで一度も見たことないような、穏やかな微笑みを見せて。

     今、僕の前にいる姉さんは、そのアルカイック・スマイルを浮かべている。
     生きている間は一度しか見せてくれなかった幸せな笑みを、惜しみなく見せてくれる。その笑顔を見るたびに、僕は不思議な感覚
    に襲われる――姉さんの笑顔を見れて嬉しいという気持ちと、その笑顔を浮かべさせる原因となった《誰か》に対する嫉妬が入り混
    じった、胸の奥がざわめきながらも安堵するような、奇妙な心地だ。
     それでも、此処に姉さんがいること以上に、望むことがあるはずがない。
     たとえ――死んでいても。
     姉さんは、今、ここに居るのだ。
    「姉さん、今日は疲れたよ。色んなことがあったんだ」
     靴を脱いで玄関にあがる。横に立って並ぶと、姉さんの方が少しだけ背が低い。
    三つ編みを三つ作った髪型に銀縁メガネ。図書室にいるのがよく似合いそうだった。もっとも、
    年代の関係で僕は姉さんと同じ学校に通ったことはないけれど。
     進路を同じにしたのは――せめて、同じ学校を卒業したかったからだ。
    「お疲れさま。今日はゆっくり休みなさい」
     姉さんは淡々と抑揚なく言う。それでも、その声は優しさに満ちていた。
     優しさに満ちているような気がした。
    「うん、そうするよ」
     僕は答えて、姉さんにキスをした。
     いつものように。
     姉さんはとくに抵抗しなかった。初めからそれを待っていたのか、眼を瞑り、くいと顎をあげて待っていたほどだ。
    唇をそっとつけて、それから姉さんの後頭部を手で支える。初めは弱く。それから、唇で唇を押しつぶすように強く。
    舌でその間をかきわけ、姉さんの中へと先を侵入させる。歯をなぞりながら舌を伸ばすと、姉さんの舌が僕のそれを
    待ち構えていた。唾液をまとって、絡み付いてくる。
    「っん――」
     姉さんの吐息が漏れるのを聞きながらも舌を動かすのをやめない。挨拶にしては長すぎるキス。
     それでも、それはいつも通りだ。
     いつもの、挨拶のキスだ。
     ちゅぱ、と唇の隙間から空気が漏れる。唾液が下に垂れたかもしれない。毒のように甘い、姉さんの唾液が。
     ああ――キスをしながら思う。如月更紗。お前が言っていたことは正しい。僕は確かに、キスの練習を姉さんとしている。
    もっとも僕は練習だとは思っていなかった。ようするにそれは、姉さんが練習に僕を選んだのだろう。
     僕は練習ではなく――本気だったのだから。
     初めて姉さんとキスをしたのも。
     初めての相手が姉さんだったのも。

     全ては――単純に、好きだったからだ。

    682: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/08(月) 01:06:57 ID:nxdo25K6
     それは死んでしまった今でも変わらない。たとえ逸脱していようと、相手が僕にしか見えない幽霊だろうと――構わない。
     独占できることを、喜ぶだけだ。
    「んぁ……」
     唇を離すと、姉さんと僕の間を唾液で糸がひいた。粘質があるものの、重力があるのですぐに垂れる。それを拭うようにして
    もう一度軽くキスをした。
     血の味が、するような気がした。
     それはもちろん幻味だ。姉さんが死んでいるから、そんな気がするだけに過ぎない。死人とキスをする背徳感が、キスに血の味を
    付加させているに過ぎないのだ。
     キスをやめる理由にはならない。
     いつもよりも短くキスを終えたのは、そんな理由ではなかった。
     唇に、まだ、感触が残っているような気がしたからだ。

     姉さんのものではない――あの女の感触が。

    「……冬継?」
     あっさりとキスをやめた僕を、姉さんが気遣うように見てきた。不審げに、ではない。姉さんが僕を疑うはずもない。
    姉さんと僕の間に疑いが入るはずもない。姉さんは、純粋に僕を気遣ってくれているだけだ。
    「ん、なんでもない」
     姉さんの唇を指の先で拭って答える。ついでとばかりに、そこに軽く唇をあてて、後頭部にあてた手を離した。
     名残惜しいと思ったけれど、思うだけだ。
     キスはいつでもできる。
     いつまでもできる。
    「それとも、姉さんがもっとしていたかった?」
    「バカなことを言わない。弟を心配しただけだ」
     笑顔でそう言って、姉さんは僕の手を握った。家に居る間はずっと触れていたいという僕の願いを叶えていてくれるのだ。
    それは嬉しいが――姉さんも、多分、それを望んでいるのだろう。
     今の姉さんは、学校にも、どこにも、行けないのだから。
     そう。
     今の姉さんは家の中にしかいない。
     どこにもいけない。


    『狂気倶楽部』なんてところに、行けるはずもない。


    「今日は少しだけ遅かった」
    「ごめん姉さん。……姉さんが望むなら、学校なんていかなくてずっと家に居ようか?」
    「いや、それは駄目だ。弟がしゃんとしているのを見るのは私も嬉しいよ」
    「寂しくない?」
    「寂しいさ。でも、今は違う」
     姉さんはちょっとだけ背伸びをして僕にキスをする。僕もキスをしかえす。
     いつものように。
     そう、何が起ころうと、いつものように過ごすだけだ。如月更紗のことも、神無士乃のことも、家族のことも今は考えたくない。
    姉さんとご飯を食べて姉さんとお風呂に入って姉さんと寝るだけだ。いつものように、いつものごとく。ただそれだけだ。
     それだけでいい。
     だから僕は、今日も姉さんとご飯を食べて姉さんと風呂に入って姉さんと寝た。

     そして翌日。
     僕は鋏の音と共に目を覚ますことになる。
    ・第五話(了)

    686: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/10(水) 23:09:32 ID:B28hlr6U
    六話投下します

    687: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/10(水) 23:26:38 ID:B28hlr6U
     しゃきん、という音で目覚めたら、全裸の如月更紗が隣で寝ていた。
    「――姉、」
     さん、といつものように言いかけた言葉が途中で止まる。口から出かけていた言葉が、衝撃のあまりに無理矢理停まらされたのだ。言葉
    と一緒に思考まで固まってしまいそうになる。
     眠気なんて、わずかも残りはしなかった。どんな目覚まし時計で叩き起こされるよりも、それは効果的な起こし方だったらだろう。眠気
    をさますためのあくびさえ必要なかった。目を見開いて、もう一度閉じることすらできない。開きっぱなしの瞳は、意識から放れて目の前
    の非現実を凝視していた。
     如月更紗が寝ている。
     全裸の如月更紗が寝ている。
     目をこすって、もう一度見た。
     全裸の如月更紗が寝ていた。
    「……嘘だろ?」
     思わず呟いてみるが、目の前の現実は生憎と嘘でも幻でもないようだった。三十センチと離れていない如月更紗からは
    確かな息遣いが聞こえてくるし、人の身体状に膨らんだタオルケットは幻覚にしては生々しすぎた。
     先のしゃきん、という音は、夢の中で聞いた音だったらしい。
     朝起きて蜘蛛になった男の気分が、少しだけ理解した。
     理解したくなかったものを理解してしまったが、グレゴリーなんとか君は間違いなくこんな気分だったに違いない。奴
    には可愛らしい妹がいて彼女だけが理解者になってくれたが、僕に妹はいない。
     いるのは――姉さんだけだ。
    「…………」
     視線を部屋の中へと彷徨わせてみるが、姉さんの姿はどこにもなかった。勉強机とベッドしかない、殺風景すぎる部屋。
    隣の姉さんの部屋には本棚が三つもあるが、比例するかのように僕の部屋には何もない。無趣味もいいところだ。
     如月更紗はまだ寝ている。目を瞑り、規則的に薄く息を吐いている。そのたびに、わずかな膨らみのある胸が上下して――
    ああ、これ以上直視していると自分が犯罪者にでもなった気分だ。それでも視線は止まらない。夏が近いということもあって、
    僕はタオルケット一枚しか使っていなかったが、その半分以上を如月更紗に奪われている。もっとも、それで隠せているのは
    下半分だけで――くっきりと形の見える鎖骨から緩やかな胸丘を通って、小さなヘソ下から腰の下あたりまで、何も隠すもの
    なく見えている。
     こいつ……寝間着どころか、下着すらつけてねぇ。
    「悪夢だ……」
     思わず呟くが、現実が現実でしかないからこそ、悪夢より悪夢的なのだろう。朝起きたら隣に全裸で女子が寝てるなんざ、一昔前の
    漫画でしかありえない光景だ。
     現実で起こると、欲情よりも、呆れが先にくる。
     何も着てない如月更紗を見るのはこれが始めてだが――何度もあってたまるか――確かにこいつの姿は良いと思う。それは認めよう。
    女性的な膨らみとは彼方の関係だが、その代わりに絵画的な綺麗さがある。美術の教科書にのってる非人間的なプロポーションをした
    少女肖像画からそのまま抜け出してきたような格好だった。そう考えれば、裸婦画を見ているようなものだ。欲情なんてするはずがな
    い――いや、待て。
     そもそも。
     ようやく僕は原初的な、まず最初にたどり着かなければならないはずの疑問に辿り着く。あまりの光景に脳が停止していたのは事実
    だったらしい。普通ならば、まず大声で叫ぶと同時に警察に電話しなければいけないはずだ。
     事象だけ捉えてみれば――寝ている間に不審者が家屋侵入して同衾していたのだから。
     追い出すか叫ぶか逃げるか頭の中でサイコロを転がし、

    「おはよう、冬継くん」

     なんて、目を瞑ったまま、如月更紗が挨拶をした。

     

    688: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/10(水) 23:50:26 ID:B28hlr6U
     …………寝てたんじゃなかったのか。
     僕の目の前で、全裸の如月更紗は細く目を伸ばしながら、そのしなやかな腕を伸ばした。制服を着ているときでもその
    腕は“生”で見ているはずなのに、こうして他の部分まで見えていると、妙に艶やかに見える。指の一本一本までそう見
    えてしまうのは、健全な学生としては無理もないことだろう。
     僕が健全な学生なのかは、ひとまず置いておく。
     如月更紗はその腕を僕の枕の下へと差し込み、何をするのかと問うよりも早く再び腕を引き抜いた。
     手には、長い長い、三十センチもありそうな長方形の鋏が握られていた。
    「…………」
    「しゃきん」
     自分で言いながら、如月更紗は鋏を開け、閉じた。しゃきん、という金属のすれる良い音がする。どうみても
    違法改造の異常な鋏なのに、音だけは耳に心地良い。
    「しゃきん、しゃきん、しゃきん」
    「繰り返すなよ! 一度で満足しろ! 何がやりたいんだお前は!」
    「朝から元気ね冬継くん」
    「誰のせいだと思ってるんだ!」
     平然と言う如月更紗に突っ込んでしまう。こいつ、平常心とか平静とか、そういう言葉がやたらとよく似合うな……
    普通『寝てる間にベッドに忍び込んでいる』なんてホラー映画の一シーンにしか過ぎないだろうに、こいつがやたらと
    堂々としているせいで、恋人同士が行為のあとに惰眠を貪ったようにしか見えない。
     いや――恋人、なのか?
     そんなことを承知した憶えは一切ないが、あるいは、如月更紗は勝手にそう思い込んでいるのかもしれない。昨日の
    言動を思い返せばありえそうなことだった。
     だとすれば……訂正しなければ。
     そのことを言おうとした僕の機先を制するように、如月更紗はくすりと笑い、
    「下の方が元気ねと言ったのよ」
    「朝から下ネタをふるなよ!? ただの生理現象だ!」
    「朝以外なら生理現象じゃなくて欲情になるわね」
     さらりと言って、如月更紗はくすくすと笑う。その視線は、僕の下半身へとそそがれていて……
    「……ッ!!」
     自分で言った通りに、朝の生理現象が起きているのを確認してしまった。迂闊だった……不健全かもしれないが、
    別に不能というわけでもないのだ。起こりえて当然だろう。
     慌てたまま、深く考えずにただただ隠したい一心でタオルケットを腰に寄せる。が、一枚しかないタオルケットで
    そんなことをすれば当然――
    「あら」
     不思議そうな、如月更紗の声と同時に。
     彼女の下半身を隠していた布切れが、すべて剥ぎ取られた。
    「…………ッ! ……!?」
     完全に――本当に一糸纏わぬ姿になってしまった如月更紗を真正面から見てしまい、何も言えなくなってしまう。
    隠したり恥かしがったりしてくれればやりやすいものの、如月更紗は横になったまま、身じろぎすらしようともしない。
    普通手で隠したり叫んだりするものじゃないのか。
     むしろ僕が叫びたい。
     全裸でベッドに寝る如月更紗は、タオルケットを剥ぎ取った僕を見て、笑顔のまま言った。
    「――見たかったの?」
    「断じて違う!」
    「じゃあ脱がせたかったのね」
    「更に違う! そんなことがあってたまるか」
    「じゃあ……」如月更紗はさらに考え込み、これは間違いないぞとばかりにいい笑顔を見せて、「襲いたいのね?」
    「お前が僕のことをどう思ってるか、なんとなく分かった気がしたよ……」
    「シスコンの駄目人間?」
    「あってるけどさ……」
     合ってるけど。
     言うなよ、そういうこと。
     後者はともかく――前者は、簡単に口にするな。

    689: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 00:02:43 ID:VQEobuYl

     僕の気配が変わったのに気付いたのか、如月更紗は神妙な顔をして視線をそらした。最も全裸なのでまったく様にならない。
    一瞬で気まずくなった空気の中、如月更紗がぽつりと、
    「舌が滑ったわね」
    「口が滑るんじゃないのか……?」
    「キスをしたせいだわ」
    「昨日のことだろう、それ」
    「いいえ、いいえ」
     如月更紗は器用にも、寝たまま首を横に振った。彼女の裸体を隠すように伸びている髪が蠢く――ああ、その光景を艶かしいと
    思ってしまっても、罪はないのだろう。白い肌に黒い髪は良く映える。
    「つい一時間ほど前にも」
    「不法侵入した挙句に寝てる人間にキスをしたのか!?」
    「冬継くん、無用心よ」
    「寝るたびに警戒するなんて非日常的なことできるか!」
    「いえ、いいえ。そうでなくて戸締りがよ」
    「戸締り……?」
     つまり、どこか窓なり扉が開いていたのか……? そりゃ今のこの家には盗まれるものも襲われるものもない。両親もいないし、何よりも
    大切な姉さんは――僕以外には見られない。姉さんの部屋には誰も入ることができない以上、放火でもされない限り、どんな泥棒が入ったと
    しても大した被害は受けない。
     そういった事実もあり、戸締りがおざなりになっていたのも事実だ。ひょっとしたら、鍵をかけわすれていたのかもしれない。
     まあ……それでも夜中に人の家にまで来て忍び込む理由の正当化にはならないが。
     如月更紗はしゃきん、と鋏を鳴らし、確信的に断言した。
    「シリンダーは新しいのに交換するべきね」
    「ピッキングだな!? ピッキングしたんだなお前!」
    「窓を割られなかったことは僥倖というべきね」
    「そう言うってことはお前割る気だったんだな!?」
     確かに如月更紗が持っている鋏をつかえば、窓の一つは二つ破壊は容易いだろう。しっかりとしたつくりをしているから、長い
    だけでなく破壊力も十分にあるだろう。それを片手で振り回せるということは、如月更紗は意外と力があるのかもしれない。見た
    限りでは、箸しかもてないような細腕なのに。
    「しかし、シュールだな……」
     思わず口から出た僕の言葉に、如月更紗は目だけで《何が?》と問いかけてくる。
    「でかい鋏持った全裸の同級生と添い寝してる事実がだ」
     言って、未だおきようとしない如月更紗を置いてベッドから身を起こした。身体にまとわりついていた
    タオルケットを如月更紗の身体に投げつけてやる。いくら“裸婦画のような”裸身だとはいえ、クラスメイト
    の素肌をじっと眺め続けているとおかしくなりそうだ。
     ただでさえおかしな頭が、さらに壊れてしまいそうだ。
     ベッドから離れ、部屋を横断して勉強机に座る。着替えようかと思ったが、今こいつの前で着替えなんて隙を
    見せたくないのはやめた。ぼろぼろのGパンにシャツのみという姿だが、全裸やパジャマよりはましだろう。
     如月更紗は、僕と同じように身を起こし――けれどベッドから離れず、立ち上がることもせずに御姫様座りを
    した。タオルケットを被ってはいるものの、前を閉じていないせいでほとんど見えている。胸と鎖骨の一部が髪の毛
    で隠れているのがやっぱり艶かしい。
     というか……今更気付いたが、こいつ生えてないのな……
     脇と股間に流れかけた眼をむりやり如月更紗の顔に固定する。
     阿呆なことは、抜きだ。
     そろそろ――真面目になろう。
     全裸の衝撃からようやく抜け出し、僕は如月更紗を睨みつけるようにして、問うた。
    「それで――納得のいく説明をしてもらおうか」
     自分でもきついと感じるような声を前にしても、如月更紗は少しもひるまなかった。
     妙に印象に残る、嘲うような、笑うような、微笑むような、楽しむような――曖昧な笑みを浮かべて、如月更紗は言う。

    「私がその気になれば――冬継くんは死んでいたよ」


    ・六話(前)了

    690: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 00:04:43 ID:VQEobuYl
    一時中断です
    >>677
    他で指摘されてるよう、わざと作風を変えて「コミカルさ」の練習も兼ねてます
    が、どうもいまいちな気がして、元の深く沈む感じの文章に変えるかどうか悩み中
    とりあえずそろそろ病みはじめたり、エロが入ったりします

    696: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 17:39:38 ID:RYdu6W/M
     ――死んでいた。
     それは言われるまでもないことだ。寝ている間は誰だって無警戒だ。寝首をかく、という言葉があるくらいだ、『その気』さえあれば、
    子供にだって殺すことことは容易い。そうした危険性を普段意識しないのは、《その気》になるような人間が周りに存在しないからだ。も
    しもそういう人間が大多数を占めていたら、僕らは眠ることすらできなくなるだろう。
     けれども現実は違う。そもそも家とは、そういった外敵から身を守り、安眠するために存在するのだから。
    「そういった言葉は、危険性の低い人間が言うことだ」
    「私はその気にならなかった。私は冬継くんを殺さなかった。それでは不満?」
    「ああ、不満だね」
     吐き捨てるように僕は言う。朝起きて隣に鋏があるのに、不満を覚えない奴は聖人君子か狂人だけだ。
    「そんな忠告をするだけなら――わざわざ忍び込むことはないだろう」
     おや、という顔を如月更紗はする。馬鹿にされたような気がしたが、無視した。
     そう――言われずとも、それくらいは気付いている。如月更紗はようするにこう言いたいのだ。
    『私がこうして入ってこられた以上、他の悪意を持っている誰かが同じように忍び込むことも可能なのだ』、と。
     けれど。
    「お前以外の誰がそんなことをするっていうんだ」
     確かに夜寝ている間に忍び込まれたら身の危険は危ういだろう。それは理論だけのことで、実際に忍び込まれたのは、
    十何年と生きていて今日が始めてた。比較的無茶苦茶な性格をしている神無士乃だって、夜訪れるときはインターホンを
    鳴らす。窓を割ったりピッキングして侵入した挙句、全裸で添い寝をされたことなど一度もない。
     もっとも、ピッキングも窓を割ることもせず、隣に寝ていた姉さんが夜部屋に来ることは――多かったけれど。
     そのことは顔に出さないように努め、僕は如月更紗を睨む。睨むが、相手が全裸なのでいまいち睨みづらい。
     如月更紗はその身体を隠そうともせずに、言った。
    「――チェシャ」
     その言葉に、思考が一瞬だけ止まる。
     チェシャ。
     不思議の国のアリスに出てくる、にやにや笑いだけが残った透明猫。
     物語の中の、登場人物。
     けれど、今如月更紗が口にしたのは、間違いなく――物語の外の登場人物のはずだ。
    《チェシャ》と呼ばれる、誰かの話。
     固まってしまった僕に対し、如月更紗は愉悦の笑みを浮かべて言葉を吐いた。
    「言ったでしょう? チェシャの奴が貴方を狙っていると。そして、私は貴方の安全を保証すると」
    「……なあ、昨日もその名前が出てきたんだが、誰なんだそれ」
     チェシャ。ソレが、殺意を持って僕を狙っていると――如月更紗は言った。
     つまりは、敵だ。
     敵がいること自体に問題はない。生きていれば敵は勝手に増える。問題は、どうして敵なのかということだ。
     如月更紗は、朗々と、唄うように話を続けた。
    「チェシャ猫は探索係。姿を消して、《敵》がひっかかるのを待っている。アリスと森の中で出会ったように――異邦人に対する、警戒役。
     向こう側に入ってしまえば、向こう側に接触しようとすれば、必ずチェシャの縄張りに触れることになる」
    「……マークとセンサーとトラップが一緒になったような奴か」
    「無粋な言い方だけれど、そういうことね」
     索敵と、警戒と、罠。
     道を行こうとすれば触れてしまい、姿も見えぬままに後を尾けられる、か。
     だから、チェシャ猫。
     成る程――と、僕は如月更紗に気付かれないように、心中で納得した。チェシャが誰かは分からないが、
    どうして狙われているのかは何となく分かった。
     ようするに、調べ物の最中に僕はチェシャのセンサーに引っかかったのだ。『立ち入り禁止』と書かれた向こう側
    に入ってしまった人間を、中にいる番犬が食い殺すように。
    「つまり……そいつが僕を殺しにくる、と?」
    「少し違うわね」
     如月更紗は指をぴんと僕に突きつけた。その際にタオルケットが肩から落ちて再び裸体がはっきりと見えてしまうが、
    今はそんなことを言っている場合ではない。如月更紗も、タオルケットを被りなおそうとはしなかった。
     僕を指差したまま、如月更紗は――笑うことなく、言う。
    「チェシャは探索係。チェシャは呼び水。貴方が奴に見つかれば、きっと彼女がやってくるわ」
    「彼女?」
    「そう――」
     如月更紗は、僕の問いに。
     笑うことなく、最後まで笑わないままに、どこか憂いを帯びた瞳で、告げた。
     
    「――裁罪のアリスが、やってくる」

    698: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 17:53:18 ID:RYdu6W/M
     その名を聞いたとき、僕の背を走ったのは――まごうことなき怖気だった。
     名前を聞いただけで、心が揺さぶられる。
     名前を言われただけで、恐怖を覚える。
    《裁罪のアリス》のアリスとはそういう存在だったのだ。その名前を、僕は知っている。調べ物の最中に、
    幾度か突き当たった、幾度となくめぐり合った、忌避すべき噂話。
     噂。
     そう、噂だ。噂の中にのみ、『裁罪者』は存在する。その名を口にする少女たちは、あるいは誇らしげに、あるいは
    忌避すべき者として、あるいは恐怖と共に――その名を告げる。そのくせまるで実体のない、色鮮やかに心に浮かんでは
    消えていく、亡霊のような噂話だった。
     それでも、彼女たちは確信していた。『裁罪者』がこの町のどこかにいることを。

     ――『裁罪のアリス』は殺人鬼だ。

     噂では、そういうことになっていた。
     裁罪のアリスは殺人鬼であり、救世主であり、唾棄すべき敵であり、敬愛する仲間であると。人を守ることも
    人を襲うことも人を救うことも人を哂うこともない。願いを聞かなければ導きもしない。
     愛しもしなければ――憎みもしない。
     年齢も名前も分からない。顔も姿も知られていない。黒い傘を持った少女で、黒い猫を連れているということ
    くらいしか、話の中では正体が伝わっていない。
     はっきりと分かっていることは、ただの一つだけだった。
    『裁罪のアリス』は――亡霊のように現れ、名前の通りに、罪を裁くのだと。
    《ソレ》に関わるものの罪を、容赦も微塵もなく裁く。その基準も意味も彼女しか知らない。
    『貴方は有罪』と告げて、何の容赦も何の慈悲もなく、相手を殺す。
    『貴方は無罪』と告げて、何の躊躇も何の嫌悪もなく、相手を殺す。
     何の指針もない、滅茶苦茶な裁判が行われるだけだ。それはさながら、不思議の国のアリスの終盤で出てきた、
    あのおかしで理不尽な『裁判』のように。
    《ソレ》に関わるモノ全ての上に平等に訪れる、都市伝説の殺人鬼のような――そういう、噂だった。
     だからこそ、僕は思う。 
     ――上等だ、と。 
    「アリスが――僕を?」
    「その様子だと、知っているみたいね」
     如月更紗がくすくすと笑う。僕の態度から、僕が《裁罪のアリス》のことを知っていると読み取ったのだろう。
    それはあまり歓迎すべき事態ではなかった。その噂は、普通の人の間で噂にあがるようなものではないのだ。学校
    で誰とも話さずに一人片隅で本を読んでいるような、そういう無口で《噂話》とは縁遠い孤独な少年少女の間に密
    やかに広まる噂話なのだから。
     例えばそれは、姉さんのように。
     例えばそれは、如月更紗のように。
     周りと会合できないような人間の中で広がる噂なのだから。それを知っているということは――知ろうと努力
    したのだと認めることに他ならない。
    「けれど里村冬継くん? 狙われるのは、貴方が悪いのよ」
     けれど、如月更紗は。
     そんな僕の心配を全て吹き飛ばすかのように、決定的な一言を。
    《ソレ》の名前を、告げた。


    「貴方が狂気倶楽部について調べようとするから――チェシャの縄張りに引っかかったのよ?」





    699: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 18:08:32 ID:RYdu6W/M
    「………………」
     その言葉を聞いて――もう、ふざける気はなくなった。
     不法侵入も全裸も明日のことも昨日のことも、全ては後回しだ。
     どこまで知っているかは分からないが……そこまでを知っている相手が目の前にいるのだ。
    他の全てを差し置いてでも、向かい合わなくてはならない。
     話を聞かなければならないし、
     場合によっては――殺さなくてはならない。
    「如月更紗」
     僕は彼女の名前を呼びながら、座った机の引き出しを開けた。そこに入っているのは、鈍く銀色に光るナイフだ。刃の長さは二十センチほどで、
    如月更紗の持つ鋏よりも短いが、使い勝手なら彼女のソレよりも良いだろう。
     魔術単剣だ、と姉さんは誇らしげに言っていた。
     これは儀式に使うのよ、と言いながら、姉さんはこのナイフで自分の手首を切っていた。
     今では、ただの遺品だ。それでもこれが、他人を殺すことのできる道具であることには違いない。
    「――どこまで知っている?」
    「貴方が狂気倶楽部について、こっそりと調べたこととか?」
     如月更紗は笑っている。突然ナイフを取り出した僕に対して惑うこともなく、常と変わらない笑顔を浮かべている。
     ああ――そうか。
     全裸とか、不法侵入とか、そういったレベルの話ではなく。
     この女も、向こう側に居るのだと、今更ながらに僕は実感していた。恐れるべきは突然鋏を取り出したことでも、鋏を振り回すこと
    でもない。それこそを日常としている点だ。
     如月更紗にとって、誰かが突然ナイフを取り出したり、誰かが突然鋏を取り出したり――その挙句に刺したり刺されたり殺されたり
    殺したりするのは、何ら特別なことではないのだ。
     だからこそ、彼女は《いつものように》笑っている。
    「貴方の姉さん――里村春香の死について調べるべく、あちこちを探りまわっていたこととか?」
     笑ったまま如月更紗は続ける。
     その言葉には迷いはないし――その内容に、間違いはない。
     春香姉さん。
     僕の愛していた姉さん。
     一年前に学校から飛び降りた姉さん。
     狂気倶楽部というわけのわからない団体に身を置き――12月生まれの三月ウサギと呼ばれていた、姉さん。
     他人と触れ合うことを怖がっていた姉さんは、僕の知る限りいつでも一人だったはずだ。僕以外の人間と触れ合う
    こともなく、《集団》に所属することもなく、一人で生きていた姉さん。
     そんな姉さんが、狂気倶楽部というものに属していたことを、僕は姉さんが死んでから初めて知った。それ自体は
    別にかまわなかった。姉さんの社交性がほんの少しだけ広がろうが、姉さんが僕の姉さんであることに変わりはなかっ
    たからだ。
     問題は、死んでしまったことだ。
     死ぬなんておかしい、とは思わなかった。姉さんはいつだって死にたがっていたから。
     自殺なんておかしい、とは確信していた。姉さんはいつだって死を怖がっていたから。
     なら。

     姉さんを殺した奴が――狂気倶楽部の中に、いるに決まっているのだ。

     だからこそ僕は、それについて調べ出したのだから。
    「よく知ってるな」
    「貴方は、隠そうとしなかったから」
     くすくすと如月更紗は笑う。その笑いが疎ましく、同時に心地良い。
     彼女は、知っている。
     僕の知らない何かを知っている。それが嬉しくてたまらない。
     姉さんを殺した犯人を知っているなら――殺してでも、教えてもらう。
    「一応隠してはいたんだけどな。それでも、動いていれば《向こう側》から何らかのリアクションがあると思った。
    こんなにも早いとは思わなかったがな」
    「あら、あら、あら。つまり私は、」
     如月更紗は意外そうに、そして楽しそうに笑う。
    「貴方がチェシャにひっかかったように――私は貴方に引っかかったのね?」
    「そういうことだ」
     言って――僕は、机を離れた。ベッドまでは五歩もない。
     ナイフを持ったまま、如月更紗との距離を詰める。

    702: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 19:25:26 ID:RYdu6W/M
     五歩は近いようで、遠い。間を詰め切ってしまえば、足ではなく腕を動かす必要がある。振うのか、振わないのか。
    それを決めなくてはいけない。五歩を歩くという、短い時間の間に。
     一歩前へ出て、如月更紗に問う。
               ・・・
    「如月更紗。お前は――誰だ?」
     確信を込めて、核心を問う。
     里村春香姉さんが、12月生まれの三月ウサギだったように。
     如月更紗は《誰》なのかと、僕は問う。今ここに至ってまで、彼女が無関係な人間だとは思わない。
    そこまで知っているからには、彼女は関係者のはずだ。そうでなくとも、向こう側の存在であるのは間違いない。
     敵なのか、味方なのか――そんなことはどうでもいい。
     問題はただの一点。姉さんを殺したか否かということだけだ。
     如月更紗は、近づいてくる僕にも、僕の持つナイフにも構わずに、笑いを浮かべた。
     楽しそうな――笑いだった。
     笑みを浮かべて、如月更紗は言う。
     
    「君の姉さんと、君の姉さんが、君の姉さんに、最も仲が良かった人を知っている」

     それは――まるで別人のような、皮肉に満ちた言葉だった。冗談を言っているときとも違う。
    さながら、《そんなことはどうでもいいのだ》と言いたげな、投げやりすぎる言葉だった。
     如月更紗ではなく。
     如月更紗の姿を借りた、誰かが言っているような、そんな口調だった。
     だが今はそれを気にしている暇はない。彼女の言った内容こそに、注意するべきだ。
    「何――?」
     最も仲が良かった。
     それは――僕よりもか。
     僕よりも、姉さんと仲が良かった存在が、いるというのか。
     二歩目を踏み出し、僕は如月更紗に問う。
    「そいつが、姉さんを殺したのか?」
    「さあ」
     如月更紗は肩を竦めた。むき出しの肩が上へと上がり、鎖骨が蠢く。
    「私は知らない。貴方も知らない。でも、《彼》なら少なくとも知っているでしょうね」
     くすりと、笑い。
    「何せ、《彼》は『12月生まれの三月ウサギ』の最後を看取ったのだから、ね」
     ――それは、つまり。
     ソイツは姉さんの死に、直接的にも間接的にも関わっているということじゃないか。
    「そこで何があったのか、あるいは何もなかったのか、私は知らないわ。知っているのは《彼》だけ。
    だから貴方がそれを知りたいというのなら――《彼》に聞くしかないよ」
     その言葉に、僕は三歩目を踏み出した。
     ベッドまではあと一歩。ベッドの上にいる如月更紗までは、あと二歩。
     二歩で、手が届く。
    「その《彼》は、《誰》だ?」
     もっとも重要な問いに、如月更紗はあっさりと答えた。

    「『5月生まれの三月ウサギ』」

    703: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 19:30:48 ID:RYdu6W/M
    「…………」
    「里村春香さんの、《次》」
     ――次。
     その意味を僕は知っている。狂気倶楽部の代替制度。いなくなった穴を誰かが埋めて延々とお茶会を続ける遊び。
     姉さんを殺したかもしれない奴が、姉さんの居場所を奪って、今もなおそこにいる。
    「もっとも、もう更に《次》になったけれど」
    「……どういうことだ?」
    「ウサギの寿命は短い、ということよ」
     如月更紗は意味ありげに笑った。ウサギの寿命は短い――その言葉を心中で咀嚼する。
     12月生まれが、五月生まれに引き継がれて。さらに、別の人になったということだろうか。
     入れ替わり、入れ替わる。そうしてお茶会は続く。なら、ソイツもまた、姉さんと同じように死んだというのだろうか?  姉さんの後を、追うように?
     四歩目を踏み出すと、如月更紗は何を訊くよりも早くしゃべり出した。
    「彼に会わせることはできるけれど、今はまだ難しいわ。彼もまた、貴方と同じようにゲームの途中だから」
     そろそろ、終わりそうだけれど――そう付け加えて、如月更紗は笑った。
     ゲームの途中。
     そいつもまた、僕と同じように、チェシャに追われているのだろうか。代替わりしたということは、狂気倶楽部
    から抜け出したということだ。そこで何があったのか、少しだけ気になった。疑問だけはいくらでも浮かんでくる。
     が、それは、僕には関係のない話だ。僕と姉さんには、関係のない話だ。
    「お前が殺したんじゃないんだな?」
    「私は誰も殺せはしないわよ」
     笑いながら如月更紗は言う。殺人者ではないことを誇らしげに。
     人殺しの道具にしか見えない鋏を持ったまま、誇らしげに如月更紗は言う。

    「貴方こそ――今、私を殺すのかしら?」

     足が止まる。
     如月更紗までは、あと一歩だ。
     あと一歩で、手が届く。
     あと一歩で――ナイフが届く。
     夜中に家に忍び込んできた不審者を返り討ちにした。それは、果たして正当防衛になるのだろうか。
     殺すことにためらいがあるはずもない。
     けれど――殺したことで、目的が達せないのは、困る。
     僕は人殺しになりたいのではない。
     人を殺したいのではない。
     姉さんの死について、知りたいだけなのだから。
     そのことに如月更紗もまた気付いているのだろう。鋏を向けることもなく、逃げること
    もせずに、悠々と僕を見たまま彼女は言う。
    「自殺ということになっているけれど、真相は彼しか知らない。それを知りたいのは私も一緒よ。
    なにせ――彼女は、オトモダチだったのだから」
     オトモダチ。
     その言葉ほどうそ臭いものはなかったが、とりあえず聞き流すことにした。
    「《五月》を紹介するのは吝かではないわ。ただし、そのためには貴方は乗り越えなくてはならない」
     何を、と問いかけて気付いた。
     ここで、話が元に戻るのだ。
    「真に知りたければ、チェシャの手を逃れないといけない。だから言ったでしょう、里村冬継くん。

     貴方は命を狙われていると。そして、貴方の安全を私が保証すると」

     しゃきん、と鋏を一度鳴らし、如月更紗は笑みを浮かべたのだった。

    705: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 19:46:41 ID:RYdu6W/M
     その笑みを見ては、何も言えない。
     如月更紗はいつだって、僕に向かって親愛の笑みを向けている。時にその笑みが変貌することがあっても、
    殺意に変わることはない。敵対する意志を見せようともしない。
     彼女もまた、狂気倶楽部の一員であるはずなのに。
     その確信があったからこそ、屋上であんなことをされても、拒否することも逃げることもしなかったのだ。異常
    な相手が近づいてくることは避けるべきことではない。僕はまさにそれを待っていたのだ。
     もっとも、それがクラスメイトだとは思わなかったが。 
     世界は狭くて近いものだ――それとも、狂気倶楽部は山のように存在して、その中でクラスメイトだという
    理由で近づいて来たのだろうか?
    「出来すぎていると思わないか、状況が」
     その疑問を、如月更紗に向けてみる。特に意味もない。考える時間を埋めるためのような質問だ。
     それでも如月更紗は律儀に答えてくれた。僕を指差していた手をすっと降ろし、
    「そうでもないわ、そうでもないの。貴方が自分の姉がいるという理由で高校を選んだように、私
    も似たような理由で進学したのだから。遭遇率は、遅かれ早かれあったのよ」
     同じクラスだったのは、奇遇だったけれどね。
     そう言葉を結んで、如月更紗はしゃきんと鋏を鳴らした。
     姉さんの友達だと、如月更紗は言った。
     なら、こいつはきっと――
    「……チェシャは」
    「え?」
    「チェシャは、もう僕のことを知っているのか?」
     僕は、ナイフを下ろして、彼女に問うた。向けられたナイフが外されても、彼女は笑い続けている。
    ただ、その笑みが――少しだけ嬉しそうだったのは、きっと僕の気のせいなのだろう。
    「さあ?」
    「…………」
    「本当よ。チェシャに会うなんて私にだって出来ないわ。けど――動いている以上、すぐに現れると思う」
    「だから、か」
    「…………?」
    「だからお前は、夜中に侵入なんてまでしてまで襲撃を警戒していたのか。
     律儀に学校帰りに尾行までして」
    「あら」如月更紗は目を丸くして「気付いてたの?」
    「いや、ひっかけてみただけだ」
     本当に気付いていなかった。
     ただ、昼にあんなことを言って、夜にまで訪れたのに、その《下校時間の空白》は不自然だと思っただけだ。
    家を知られていることも説明がつく。恐らく、正直に訊ねても教えてくれないだろうと思ったから、そういう手段
    をとったのだろう。あるいは離れてチェシャを警戒していたのかもしれない。
     僕の身の安全を保証すると、如月更紗は言った。
    「……どうしてだ?」
    「何が?」
     目を丸くしたままの如月更紗に、僕は問う。それはこの状況で、たった一つだけ残った疑問だった。

    「お前が僕を殺しにくるならまだ分かる。けど――お前に守られる理由がわからない」

    706: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 20:01:31 ID:RYdu6W/M
     そうだ。狂気倶楽部の一員であるはずの如月更紗が、狂気倶楽部と敵対する行動をとる僕を
    始末しにきたのなら納得できる。彼女が持っている鋏でさえ、その説の補強になるだろう。こ
    いつが僕を殺すために送り込まれてきた人間だとしても、僕は驚かない。
     それを返り討ちにして真実に辿り着こうとすら思っていたのだから。
     けれど訪れたのは、キスの下手くそなクラスメイトだった。その上、自分の所属している狂
    気倶楽部を裏切って僕を守ると、そう言っているのだ。
     わけがわからない。理由がわからない。
     納得が――いかない。
    「それだけ説明してくれたら――僕はお前を信用するよ、如月更紗」
     信用して、仲間になってやる。信用して、守られてやる。
     僕と、姉さんのために。
    「ああ、なんだそんなこと……」
     如月更紗は、僕の問いを《そんなこと》と切り捨てて笑った。言葉と一致しない
    ちぐはぐな嬉しそうな笑み。その問いを待っていたのかもしれない。
    「言ったでしょう? 里村春香とは、オトモダチだったのよ」
    「……それで?」
    「貴方の話も聞いている。姉に狂った素敵な弟がいると」
    「…………」
     言われたくないが、聞き流す。それは、如月更紗の評価ではない。姉さんが、僕に下した評価だ。
     そしてそれは――その通りだ。
    「そんな愉快な弟に、私は興味を持っていたのよ。一度会いたいと。
     だからこそ進学したし――貴方と同じクラスになれたとき私は悦んだわ」
    「…………つまり?」
     要領を得ない発言に、僕は先を、結末を促す。
     如月更紗は僕を見たままに、鋏をニ度しゃきんしゃきんと鳴らして、彼女の理由を口にした。

    「――惚れたら悪い?」

    「…………」
    「好きな人を守りたいと、思ったらおかしいかしら?」
     それが。
     それが――お前の理由か、如月更紗。
     屋上でのやり取りも、ここでのやり取りも。行動も、理念も。それが理由なのか。
     好きだからそうするという、単純な答え。
     そんな馬鹿げたことが、お前の行動理念か。
     なら――お前は、僕と一緒だ。
     死んだ人間に恋し続ける馬鹿な僕と、お前は同じだ、如月更紗。
    「まったく……どいつもこいつも」
     僕はナイフを床に放り投げ、部屋の片隅を見た。如月更紗もつられたように見るが、彼女には何も見えないだろう。
     部屋の隅には、姉さんが立っている。
     目を覚ましてからずっと……いや、如月更紗がきてからずっと、姉さんはそこで僕らを見ていた。僕にしか見えない姉さんは、
    いつだって側に居る。僕が姉さんのことを想っている限り。
     姉さんは、僕と、裸の如月更紗を見て怒っていない。笑っている。
     なら――もう少しだけ、僕はやり続けられるだろう。姉さんが微笑んでくれている限り。
    「如月更紗」
     名前を呼んで、僕はさらに一歩を踏み出し、ベッドの上にあがる。
     如月更紗に手が届く距離だ。けれど、もう手にナイフは持っていない。如月更紗が鋏を持っているだけだ。
    「なぁに、冬継くん?」
     楽しそうに如月更紗が答える。ああ畜生、こいつはきっと、僕の答を知っている。僕の取りえる道はそれし
    かないのだから。知っているからこそこんなにも楽しそうに笑っているのだ。
     いいだろう、如月更紗。
     僕はお前の提案に乗ってやる。
    「目ぇ潰れ」
     昨日そうしたように、僕は如月更紗に言う。彼女は順々に目を瞑った。
     全裸のクラスメイトが、ベッドの上で少しだけ顔を上げて、目を瞑っている光景。
     ぞくぞくるのは、これからのことを考えているせいか、それともこの状況のせいか。
     分からぬままに、僕は如月更紗へと手を伸ばし、

     ぴんぽーんと、間の抜けた音をインターホンが吐き出した。

    707: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/11(木) 20:04:33 ID:RYdu6W/M
    以上で少し長めの六話が終了です。
    読んでくれてる人ありがとうございます
    《終わらないお茶会》と繋がっていますので、先にそっちを読んでいただけたら幸い。

    >>597
    あーそうか、地の文が多いからか……
    今度試してみます


    次は、幼馴染襲来。

    712: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/12(金) 23:34:25 ID:J8cR6X3g
    七話投下します

    713: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/13(土) 00:04:41 ID:+bXpdwYt
     神無士乃についてのあれこれ。カンナシノ、とカタカナで書くとどこまでが苗字でどこまでが名前なのか
    分からないな、とからかうと怒られたことがある――なんてささやかなエピソードはここでは置いておく。
    神無士乃がクラスで神無ちゃんと呼ばれていようが士乃ちゃんと呼ばれていようが僕にはまったく関係ない
    からだ。二歳も違うと世代が一つは違うと考えていい。神無士乃と同じ学校に通うのは僕が三年生で士乃が
    一年生、という形にしかならないので、彼女が中学校でどんな扱いを受けていたのか知らない。高校に入っ
    たとしても知らないままだろう。もっともそれは、神無士乃が僕と同じ高校に進学すればの話だけれど。
     20センチは低い身長。小さな背と大きな胸。兔の耳みたいなツインテール。丸い瞳と、女性らしい体つ
    き。如月更紗が人間味のない彫刻だとすれば、神無士乃は人間味に溢れる少女だった。行き帰りに着ている
    モスグリーンのチェックの制服が印象深いけれど、結構な数の私服も持っている――それを知っているのは、
    休日に共にどこかに遊びにいくからだ。姉さんと予定がないときは、神無士乃と遊ぶ。それが僕の日曜だっ
    た。
     何せ、神無士乃は幼馴染なのだから。
     仲がよくも悪くもない。ただ神無士乃は僕から逃げないし、僕も神無士乃から逃げることはない。余計な
    気をつかう必要もないし、疲れるけれど気を遣う必要もない。他の人間というよりは居心地がいい。それが、
    僕にとっての神無士乃だった。こっちに引っ越してきた小学校の頃からその関係はずっと変わっていない。
     毎朝一緒に登下校をするのも――昔から変わっていないのだ。

    「チャイムが鳴ったわ」
     裸のままの如月更紗が言う。こいつ、一向に隠そうとも服を着ようともしない。お陰で同級生の裸に見慣れてしまった。
    この歳でそれはさすがにマズい。それ以上に、今この状況がまずい。
     朝から部屋に裸の同級生がいるという状況は、とてもマズい。
    「鳴ったな」
    「そろそろ始業開始かしら」
    「学校からうちまでどれだけ離れてると思ってる! インターホンに決まってるだろうが!?」
    「案外下校開始かもしれないわね」
    「一日!? こんなやり取りで一日が終わったのか!」
     最悪な一日だった。
     というか、こんな馬鹿なやりとりをしている暇はない。まったくない。インターホンが鳴ったということは、
    玄関前に人が来ているということで、それはつまり――
    「先輩ー! いないんですかー!」
     玄関の外から、そんな神無士乃の声が聞こえてきた。
    「…………」
     まずい。この状況を神無士乃に見られるのは非常にまずい。いくらなんでも不名誉すぎる噂をたて
    られるのは確実だった。嫌われるのは別に構わないが、侮蔑されるのは僕のみみっちい尊厳が許さな
    い。最悪学校にバラされて、同級生と朝から同衾した男という不名誉な名称を戴いてしまう。
    「……如月更紗」
    「何?」
    「今すぐ服を着てここからいなくなれ。話の続きは昼休みにでも聞いてやるからどこでもドアでもワープでも
    『あっちからこっち』でも何でもいいからとにかくここからいなくなれ」
    「切羽詰まってるわね」
    「誰のせいだと思ってるんだ!」
     お前のせいだ。
     如月更紗を今すぐ蹴り出したい衝動を必死でこられる。狂気倶楽部とか三月兔とか姉さんを殺した奴とか
    チェシャとかアリスとかそういった様々なことを全て後回しにしたくなる。思想がなくても生きていけるが
    パンがなければ生きていけないというやつだ。
     食うだけなら動物以下だ、とも言うが。
    「とにかく、この状況を見られるわけにはいかないんだ」
    「この状況?」
     小首を傾げて、唇に人差し指をあてる如月更紗。くそ、お前なんで今この瞬間に至ってそんな可愛げのある仕草をするんだ。
    「この状況、だ」
     念には念を入れて言う。この状況――いうまでもない。ベッドの上で裸のクラスメイトとキスをしようとしていた状況だ。
    もし神無士乃がこなければ、そのまま行為に及んでいたかどうかは……神のみぞ知る、ということだ。
    「とにかく僕は神無士乃をごまかしてくるから、お前はとにかく服を着ろ。まずはそれからだ」
     問題はドウ誤魔化すかだが――最悪ぱっと着替えるだけ着替えてこいつを家に置いていけばいい。遅刻をして
    困るのは如月更紗だけだ。留守を預ける、というのには非常に抵抗があるが、ピッキングをするような奴に言っても
    仕方がない。
     神無士乃を誤魔化す算段を頭の中でまとめていると、
     ――がちゃん、と。
     玄関の方で、扉の開く音がした。

    714: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/13(土) 00:21:21 ID:+bXpdwYt
     次いで、
    「先輩ー! いないんですかー!」
     なんて、神無士乃の声が、家の中から聞こえてくる。
    「…………」
    「…………」
     如月更紗の顔を間近で見つめる。というか、睨む。如月更紗は飄々と、
    「ピッキングしてそのままにしていたようね」
    「無用心なのはお前の方だ!」
     この女……人の家にピッキングして入った挙句、そのまま扉を開けて放置していたのか。侵入者相手に言うのも変だが
    せめて夜の戸締りくらいはやってくれ。不審者や暴漢魔が入ってきたらどうする気あったんだ。お前の目的はチェシャ猫
    から僕の身の安全を保証することじゃなかったのか。それともあれか、社会的地位を抹殺するために送り込まれた刺客か。
     そう、突っ込みたいのは山々だったが――全て我慢した。今この状況でそんなことをしている余裕はない。状況は先よ
    りも切迫している。なぜなら――
    「先輩ー! もしかしてもしかするとまだ寝てますかー! 永眠ですかー!」
     そんなことを怒鳴りながら、二階への階段を昇ろうとしている神無士乃がいるからだ。
     いっそ、今すぐ部屋から飛び出て神無士乃をぐるぐる巻きにして浴槽にでも叩きこんで
    しまおうか――そんな物騒なことを、半ば本気で考えてしまう。
    「冬継くん」
     そんな僕とは対照的に、如月更紗は落ち着き払っていた。この鉄の度胸は少し羨ましい
    ものがある。
    「何か起死回生のアイデアでも思いついたのか?」
    「ちゅー」
     口で言ってから、キスした。
     目を瞑る暇もなかった。
     さっき寸止めされたのが不満だったのだろうか――如月更紗は両手を僕の後頭部にあてて、無理矢理
    頭を引き寄せてキスをした。また歯がぶつかるのか、と心配したが、衝突の寸前で減速したらしく痛み
    はなかった。その代わりに、柔らかい唇の感触があった。
     目を瞑る暇も余裕もなかった――だから、はっきりと目を開けたままキスをしてくる如月更紗と、目
    があってしまった。キスの最中に目があうことほど気まずいことはない。如月更紗の瞳は、はっきりと
    僕にも分かるくらいに、笑っていたのだから。
     トン、トン、トン、と二階へと昇ってくる足音が聞こえてくる。それでも如月更紗は手も唇も離さな
    い。初めてのキスでもないのに、頭の中が真っ白になってしまう。くるくると回り進む現状に思考がつ
    いていかない。
     如月更紗は、唇を離そうとすらしなかった。押し入るように、分け入るように。昨日教わったことを
    忠実に実行し、歯をぶつけないように――そのぬるりと長い舌を、僕の口内へと差し入れてきた。

    715: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/13(土) 00:31:37 ID:+bXpdwYt
     抵抗ができるはずもなく。
     今まで出来なかった分の鬱憤を晴らすかのように、如月更紗の舌はどんよくに蠢いた。一回目のキスが失敗で、
    二回目のキスは僕からで。三回目のキスは寸止めで――四回目のキスは、如月更紗からのディープキスだった。
     トン、トン、トン、と足音が聞こえてくる。その音に会わせるようにして、如月更紗の舌が上へ下へ奥へと動
    く。唇からちゅぱ、ちゅぱと水音が漏れるのが聞こえた。
     シーツに、雫が落ちる。
     とん、とん、とん――
     ぺちゃり、ちゅぱ、べちゃりと――
     頭がくらくらしてくる。キスをしている相手はクラスメイトで、何一つ身にまとっていないのだ。その上
    今にも部屋に幼馴染が乱入しかけていて、それでも目の前の相手はキスをやめない。間近ではっきりと如月
    更紗の甘い匂いを感じる。こうして裸だとよく分かる――それは彼女の体臭だ。汗臭い自分の身体とは違う、
    まるでお菓子か香水で身体ができているかのような、理性をとかしていく匂いだ。
     すぐ真下に、如月更紗の白い裸体がある。手を伸ばせば届く。
     僕は。
     僕は、更紗に手を――

     伸ばそうとしたところで、部屋の隅に佇む姉さんと、目があった。

    「…………ッ!」
     力ずくで――如月更紗の身体を引き剥がした。

    716: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/13(土) 00:51:06 ID:+bXpdwYt
     今――僕は何をしようとしていた。
     如月更紗を抱こうとしていたのか?
     彼女を、名前で呼んで。
     姉さんの前で――抱こうとしていたのか。
     姉さんを抱いたベッドと同じベッドで、同じように如月更紗を抱こうとしていたのか。
     それは――許されるのか。
     それを、許していいのか。
     僕は思う。
     抱き終わった後――果たして。

     部屋の隅に、姉さんの亡霊は見えるのだろうか?

    「…………」
     如月更紗から身を離し、姉さんと視線を絡めたまま僕は後ろへと下がる。何も見なくても、部屋の位置くらい
    は把握している。たとえ後ろ向きでも、扉に辿り着くことは容易い。
     背中で、部屋の扉を、押さえつける。
     トン、トン、トン――背後で神無士乃が階段を昇ってくる音がする。寝ているであろう僕を脅かすつもりなの
    か、もう呼びかけてくることはしない。それでも一段おきに音は近づいてくる。あと13段もあれば二階へ辿り
    着くだろう。
     今すぐ部屋から出て、彼女を誤魔化すべきだろうに。
     僕はそれができない。振り向くことができない。扉から出ることができない。
     姉さんから、視線を逸らすことができない。 
     視界の端で如月更紗が僕と、僕の視線の先を見比べている。彼女にはただの部屋の隅があるようにしか見えな
    いだろう。姉さんの姿は、僕にしか見えない。
     もう僕の心の中にしか――姉さんはいない。
     僕が忘れてしまえば。
     姉さんは、今度こそ本当に、居なくなってしまう。
    「……姉さん」
     僕が呼ぶまでもなく、姉さんは、笑っていた。微笑んでいた。
     姉さんはずっと微笑んでいる。
     死んでからは、ずっと。
     死んだことで幸せそうに微笑んでいる。
     死ぬ前日、僕に初めて見せた、あの寂しくも嬉しそうな笑みを、ずっと浮かべている。
     ――ああ。
     今にして分かる。あのアルカイックスマイルは、きっと――自分を殺してくれる誰かを見つけた喜びの笑みだ
    ったんだろう。
     死にたがっていた姉さんは。
     自分で死ねない姉さんは。
     自分を殺してくれる誰かを見つけて――自身の死を確信して、あの笑みを浮かべたのだ。
     姉さんは微笑んでいる。
     姉さんは、僕に向けて微笑んでいる。
     でも、その笑みは――――僕に向けられたものではないのだ。
    「今すぐ出て行け、如月更紗」
     小声でそう言って、僕は逆に大声で廊下の向こうへと「神無士乃!」と呼びかけた。
     トン、トン、トン、という足音が止まり、
    「はいはい何でしょう~♪」
     という声が聞こえる。お気楽そうなその声に、僕はできるだけ感情を押さえつけて叫ぶ。
     いかにも焦っているように、叫ぶ。
    「いいか、絶対に入ってくるなよ! 今着替えてるんだから入ってくるなよ! 扉開けるなよ!」
    「ははあ、朝の処理中でしたか」
    「どうしてお前はそういうことを平気で言うんだ!」 
     いつもの――いつも通りの、やりとりだ。
     これでとりあえず問題はない。

    717: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/13(土) 01:09:04 ID:+bXpdwYt
     ちらりと部屋の中へと視線を戻すと、如月更紗は既に動き出していた。部屋の隅にきちんとハンガーにかけて
    あった――いつのまにそんなことをしていたんだ――制服に袖を通し、身嗜みを簡単に整える。その間にもトン、
    トン、トン、と近づいてくるが、如月更紗の着替えは早い。早着替えになれているのかもしれない。
     そして如月更紗は着終えると、部屋の片隅にあったトランクケースを手に取った。
     ……トランクケース?
     トランプの、トランクケースだった。赤のクイーンと白のクイーンを両面に模した、そこそこ重量のありそうな
    トランクケース。キャリーケース、と呼ぶのかもしれない。長方形のでかい箱に車輪がついた例のアレだ。
     勿論、僕の物ではない。姉さんのものでも、家族のものでもない。つい昨日まで、部屋の片隅にそんなものは置
    かれてはいなかった。
     となると、アレは如月更紗の私物ということになる。形はどうあれ、《泊まり》に来たので荷物が多く、全てを
    詰めるために必要だったのかもしれない。
     普段からあんな鋏を持ち歩いていることを考えれば――他にもろくでもないものが入っていそうだが。
     最後に如月更紗は、その物騒な鋏を制服の後ろへと隠し仕舞った。後ろの席に座ってる奴でさえ、彼女がそんな
    ものを制服の下に隠しているとは思わないだろう。体育の時とかどうしているんだろう。
    「それじゃあ、冬継くん」
     如月更紗は別れを惜しむように、寂しさの入り混じった微笑みを浮かべた。その笑みの意味が、今ここを去るせ
    いなのか、キスを無理矢理に中断してしまったせいかは――僕には判別がつかない。
     僕はまだ、如月更紗を完全に信用しているわけではないのだから。
     如月更紗が僕に一目惚れしたというのを――信じているわけでは、ないのだから。
     トン、トン、トン、という音がようやく途切れる。それはつまり、神無士乃が二階へと辿り着いたということだ。
    ともかく今は神無士乃を引き下がらせ、部屋に入れないようにしなければならない。
     そう思う僕に対し、如月更紗は笑んだまま、
    「また学校で会いましょう」
     と言って――二階の窓から、平気で飛び降りた。
     スカートが風でめくれあがるのだけが見えた……というか、あいつ最後まで下履いてないのか。履く時間がおし
    かったのかもしれない。そういえば、上も下も下着をつけているようには見えなかったから。
     なんてことを考えたのは、勿論現実逃避だ。目の前で、飛び降り自殺をされたら誰だってそうなる。
    「如月更紗!?」
     思わず彼女の名を呼びながら、慌てて窓まで駆け寄ると、芝生に着地し、さらにキャリーケースをうまく使って
    塀を乗り越える如月更紗の姿が見えた。平然と、平気で、そのまま立ち去っていく。制服の後ろ姿が、家の影に隠
    れて――見えなくなる。
     影も形もなく、如月更紗はいなくなっていた。
     窓から入ってこようと言ったのは、冗談でもなんでもなかったのかもしれない。
    「先輩、先輩――!」
     扉の向こうから神無士乃の嬉しそうな声。この声は間違いなく部屋に入ってくる声だ。
     僕は慌ててズボンを脱ぎながら、
    「待て着替えてるって言っただろ――!」
     そんな抵抗の振りもむなしく、予想通りに神無士乃は扉を開け放った。躊躇が微塵もない。その顔は喜色満面と
    いう言葉に相応しかった。
    「あらあら先輩は着替え中でしたか――!」
     トランクス姿の僕を見て、神無士乃は嬉しそうに笑い、その予想通り過ぎる反応に僕は内心で安堵しながらも慌
    てたように脱ごうとしたズボンをはいて、

    「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あれ、この匂い?」

     予想外に……神無士乃の、笑みが固まった。

    718: いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs 2007/01/13(土) 01:09:46 ID:+bXpdwYt
    以上で七話終了です

    719: 名無しさん@ピンキー 2007/01/13(土) 01:14:16 ID:VOdhezk2
    GJ!!

    しかし、すごい気になるところで終わってしまうとは!!
    あなたは鬼畜ですか!?

    721: 名無しさん@ピンキー 2007/01/13(土) 10:41:59 ID:4FkeZULk
    >>718
    じ…GJ…!

    明らかにただ者じゃなくなった神無志乃にわくてか

    このシリーズの一覧だオラッ!

    「【エロ小説・SS】放課後屋上に呼び出されたから行ってみたらくそでかい鋏を突きつけられてた・・・ 第2話」終わり

     

    な、なんやこれ?

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