■【エロ小説・SS】隣の席のクラスメイトが実はヤンデレでした 5発目
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    なんか妹ちゃんが怪しいことしだしてるんですけど。
    薬を取り出して一体何をする気なのか。
    ■所要時間:16分 ■約11112文字

    【エロ小説・SS】隣の席のクラスメイトが実はヤンデレでした 5発目

    【エロ小説・SS】隣の席のクラスメイトが実はヤンデレでした 5発目


    「【エロ小説・SS】隣の席のクラスメイトが実はヤンデレでした 5発目」開始

    ヤンデレの小説を書こう!Part6

    562: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:50:46 ID:f0v1EcC1
    仄暗くじめじめとした、陰気なオーラがあるのに加えて、鍵がついている地下室は人の寄り付かない場所のひとつ。
    ホラー映画の舞台になるといっても過言じゃない。本来は家の倉庫になっているのだけれど、私はその一部を借りて、薬用植物を育てている。
    また、薬品を作るときにもこの部屋は利用する。
    この部屋に人が入ってくることはほぼないけれども、私はこの部屋の鍵を内側から掛けた。

    一人泣いていることしかできない惨めな姿を誰にも見せたくなかったから―。

    他の家族はともかく、お兄ちゃんならば私に対して優しくしてくれるから、
    私がいないとなればまずこの部屋を探すだろう。
    でも、私の大好きなお兄ちゃんでも、今の私は見せたくない。
    否、お兄ちゃんだから見せたくない・・・。
    帰ってきてから高ぶった感情を抑えきれずにいるため、持病の喘息の発作が出てしまっている。
    ぜいぜいと肩で息をするのに混じって嗚咽している光景は我ながら惨めで、ただただ痛ましい・・・。
    薄暗い部屋にぼうっと浮かび上がる蛍光塗料の塗られた時計の針は八時少し前を指している。
    まだ、お兄ちゃんは帰ってくるかもしれない時刻だ。
    もし、いつもの『用事』が雌猫につき合わされているということと同義であれば、だけどね。


    私の座る椅子の付属の机にある写真立てのお兄ちゃんの写真に目がいった。
    こんなときでもお兄ちゃんの事を考えるだけで不意に笑みがこぼれてくる。
    と、同時に何故なのか分からないが再び涙腺を刺激し、
    目にゴミが入ったわけでもないのにとめどなく涙が頬を伝う。
    私はお兄ちゃんを横から取っていくようなデリカシーのない、
    というよりは非常識な人の存在というものを考えなかった。
    というのも、私はお兄ちゃんの周りの女子は皆、
    お兄ちゃんの引き立て役としか見ていなかったし、現にそうだったから。
    私を見捨てていくようなことをお兄ちゃんがする訳ないし、疑うなんて恥ずべきだ、なんていうのもちょっぴり。
    でも、あの北方とか名乗った雌猫は違った。まさに不意打ちだった。
    自分勝手な理屈に正論で返したにもかかわらず、さも私が悪いかのようにされてしまった。
    まさに盗人猛々しい、そんな感じだった。
    お兄ちゃんも私と帰ってくれなかった。でもそれは圧力が掛けられていたからで責めちゃいけない。
    当然、相手に悪意があるのだから私だって座視しているわけにはいかない。

    563: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:52:12 ID:f0v1EcC1
    お兄ちゃんに圧力をかけて無理やり振り回す、なんてことが許されるわけがない。
    そんな事をするのはあれが人じゃないから。あんなさも落ち着き払った嫌味な表情の下には、
    醜い本性が隠されているのは明確。そんな雌猫は早く駆除して、しかるべき方法でお兄ちゃんからも解毒する。
    それでおしまい。
    ただそれだけのことなのだ。
    あはは、なあんだ、すごく明快で簡単。
    奇襲されたからといってそれで終わっちゃうわけじゃないんだから、今考えるのはあれの駆除法だけ。

    でも、毒で駆除するにしても、時期というものがある。もう少し雌猫について情報を得なきゃいけないよね。
    軽率な行動で猫さんを倒しても犬さんに連れて行かれちゃ、話の種にもなりはしない。
    そこで私は寛大だから、動物でも少しくらいは猶予を与えてやることにした。
    もちろん、その間に警告は発し続けてあげよう。
    警告に応じたからといって、必ずしも助けてあげるとは言っていないけどね。
    気づけば喘息の発作も幾分和らぎ、頬をとめどなく伝った生暖かい涙もひいていた。

    ガラリと机の引き出しを開けるとそこには、去年私が栽培してた、ベラドンナの根がある。
    ただの植物の根っこだなんて思わないでね。
    実はこれから毒が造れるのだから。アトロピン―。正しく使えば薬、でも誤った使い方ならば毒にもなる。
    雌猫の駆除には十分すぎるかなぁ?
    上で人の声がする。おそらく、お兄ちゃんが帰ってきたのだろう。
    それにもかかわらず、迎えにいかないなんてやっぱり失礼だ。失礼どころか妹としては不覚、である。
    対策も決まったのだから、何もなかったかのように、私の最高の笑顔でお迎えしなきゃ、ね。

    564: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:53:43 ID:f0v1EcC1
    一階にのぼっていき、
    「お兄ちゃん、お帰りなさい。」
    と言ったはいいものの、お兄ちゃんは玄関にいなく、むしろ家の外にいるようだ。
    玄関の扉を開けると、そこにはお兄ちゃんが立っていたのだが、それとお母さんと、面識のないスーツのおじさんとそれから、何よりも驚いたのはあの雌猫、全ての悪の権化がいたことである。
    端に大きな黒塗りの車があったような気がするが、そこまで気が回らずにいる。
    とっさに何が起こったのか理解できなかった。まさか、私を殺しに来たなんてこともないだろう。
    「どうかしたのですか?」
    率直な疑問を口をつついて出てきた。
    「遅くなったので、あなたのお兄さんをお送りさせていただきました。」
    「本当にわざわざありがとうございました。」
    慇懃な態度でお母さんが頭を下げている。
    「あれ、お兄ちゃん、自転車はどうしたのかな?自転車で学校に行くから必要だよね。」
    「ああ、自転車も運んでもらえてさ。じゃ、どうもありがとうございました。」
    クスリと例の悪意ある、虫唾を走らせる笑いを頬に浮かべながら、あの雌猫はそれに応じた。
    「では、失礼しました。」
    スーツの男はそう言って一礼すると、車にあの雌猫を馬鹿丁寧に乗せてどこなりへと、帰っていった。

    565: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:56:02 ID:f0v1EcC1
    「すごいわね、お抱えの運転手なんて、さすが資産家。」
    車が去ってしまってからお母さんが驚きを隠し切れずにぽつりと言った。
    お母さんはそれからいろいろとお兄ちゃんに、北方家についてや、
    雌猫について話題を振っていたので、私としては不満だった。
    それよりももっと不満だったのは、あの嫌味な笑いに含まれていた、
    私に対する勝ち誇ったような態度である。
    本当にあれを早く駆除しなきゃいけない、
    ということをあの毒々しさによって改めて再認識させられる。

    お兄ちゃんとお母さんの話を聞くところによれば、北方家は維新期に政府側
    として戦った小大名の子孫らしく、廃藩置県以後に貿易と政略結婚で莫大な資産を築き上げたのがもともとらしい。
    また、明治期以降は子供に女ばかり生まれて、女系の家だったそうだ。
    そんなどうでもよいことが耳に入った。
    お兄ちゃんが帰ってきたにもかかわらず私は不機嫌だったが、
    とりあえずここは自分を抑えてチャンスを待とうと私は決めたので、
    さっさと床につくことにした。起きるのが遅れて、お兄ちゃんのお昼ご飯が粗末になったらいけないから。


    566: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:57:28 ID:f0v1EcC1
    ピピピピという無機質な電子音が数回すると、いつものように起きるわけでもなく、耳障りな音を早く止めるために松本弘行は枕元にある目覚ましに手を伸ばしたが、視界をまばゆいばかりの光が覆った。
    寝ぼけ眼でベットに面した窓を見ると、厚手の遮光カーテンは窓の両端に留めてあった。
    そのせいで直射日光をもろに食らっていたので、この部屋はまだ梅雨にもなっていないというにもかかわらず、夏を先取りしたように蒸し暑い。熱いだけなら許せるが、最近はむしむしと蒸してくる日もある。
    さらに+α、暖房が入ってたみたいだ。23℃だったが。
    ありゃりゃ、やってしまいましたか・・・。あるときは冷房20℃で切タイマー無しで一晩中かけて、シベリア気分を満喫し、今日はここだけ時空転移して常夏の東南アジアですよ。

    常夏のハワイやタヒチなら涼しくて許せようが、この蒸し暑さは東南アジアだ。
    落ち着いてみるとこの寝衣も寝汗でびっしょりだ。
    シベリアでも東南アジアでも風邪はデフォルトで引けそうな感じだ。
    とにかく、窓を開け風を取り入れることにする。
    もう、梅雨も近いから焼け石に水だか、そこで敢えてこうすることにしよう。

    スイッチが入ってないコンピュータに制御されながら、ゆっくりとクローゼットの中から制服を取り出し、それを機械的に着ていく。一番上に着るブレザーのボタンを留めている途中、理沙が僕を起こしにきた。
    「お兄ちゃん、朝だよ、早く起きてね。」
    そういいながら、ドアを開ける。
    「ああ、理沙、おはよう。」
    とっさに欠伸が出てきたので、口を手で押さえながら間の抜けた声で言った。
    ということで、今現在おきましたよ的オーラをもろに放ってしまっている、をいをい、じつに間抜けだな。
    「あはは、お兄ちゃん、今、間抜けだって思ったよね?」
    はい、残念ながら見透かされていました。いや、ポーカーフェイスは苦手なんだから仕方ない。
    でも敢えて反論してみたくなった。
    「わが妹よ、僕はこの良き日の清清しい健康的な朝の目覚めを満喫していたのだよ。」
    と、ラノベに出てきたキャラクターならこういうのだろう、という感じで言い切ってみたい年頃なんですよ。
    「いや、部屋が蒸してて、ぜんぜん清清しいとかじゃなくて・・・」
    と言った理沙の視線がカーテンへ行き、エアコンのリモコンへと向けられる。
    「まあ、一人で起きたんだから、お兄ちゃんは成長したんだよ、きっと。」
    と今にも笑い出しそうなのを抑えてます、という感じでのたまわれた。
    はいはい、一歩前進しましたよ、亀の一歩前進。

    567: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:58:18 ID:f0v1EcC1
    早起きしたので、朝食を流し込むように食べていたいつもとは大違いで、一口一口きちんと咀嚼しながら食べ進める。
    今日の朝食は和食で魚なのでまさに早起きしていないと厳しい一品である。
    ゆっくり朝食を堪能し、歯を丁寧に磨き終わった頃、見事なまでに見計らったようにインターフォンが鳴った。
    ピーンポーン
    朝の忙しい時間に誰だろう、といらだつ母がインターフォンに出ると、すぐにやや驚きを含んだ顔で僕に受話器を替わった。
    しっかし、こんな時間に誰だろうか?
    「どちら様ですか?」
    「おはよう、ご機嫌いかがかしら?」
    相手に感情を読み取らせないまでの澄明な声の響きだった。
    「驚いたかしら?あなたのクラスメートの北方時雨よ?」
    さらり、と同じ声のトーンで続ける。前までは彼女に気が引けてしまう、というかびくびくしている感じだったが、
    何日か彼女と接するうちに随分と慣れてきたのか、平然と答えられた。
    「ああ、北方さん。おはようございます。こんな時間にどうしたの?という感じですが、インターフォンでというのもなんですから、とりあえず家に入ったらどうですか?」
    「いいえ、あなたを迎えに着ただけだから、気は使わなくていいわ。」
    まぁ、実際のところ僕はもう学校へ行く支度ができているに等しかったのだが、まだ理沙が準備できていないので少しばかり待ってもらうことにした。

    「お兄ちゃん、今の人、誰だった?」
    すかさず理沙が聞いてきた。
    「ああ、北方さんが迎えに来てくれたみたいだけど、理沙の準備ができるまで少し前で待ってて貰ってる。」
    北方さん、という固有名詞が彼女の感情を少し逆なでしたようだが、曇らせた顔をすぐに元の笑顔に戻して言った。
    「ううん、お兄ちゃん。お弁当の準備はできてるから、私のことは気にせずに、先に行っていいよ。でも、そのかわり今日の昼食、私、お兄ちゃんと一緒に食べれたらいいな、って思っているんだけど、お兄ちゃん・・・いい?」
    「あ、うん。いいよ。じゃ、悪いけど僕は先に学校行ってるからね。」
    「じゃ、気をつけてね、ロードレースはほどほどにね。」
    いやにあっさりしているのが、少し気になったが、大した変化ではなかろう。

    568: 和菓子と洋菓子 2007/05/26(土) 23:59:35 ID:f0v1EcC1
    玄関のドアを開けると、自転車の傍に立っているのは目が覚めるような美人。
    その美人、北方さんは僕に向かって柔らかに微笑んだ。
    僕ははっきり言うと、彼女のポーカーフェイスがわずかながら崩れた感じがするこの笑みが好きだったりする。
    最初に口を開いたのは僕のほうだった。
    「やあ、北方さん。おはよう。」
    「二度目だけれど、おはよう、理沙さんはどうしたのかしら?」
    「ああ、先に行ってていいといってたから、先に行くことにしようと思って。」
    「あら、てっきり私、理沙さんに嫌われているのかと思ってしまって・・・いい妹さんね。」
    そんな事を話しながら、自転車を学校に向かってこぎ始める。
    しかし、素朴な疑問が一つ。
    「あれ、北方さん、教えてないはずなのにどうして僕の家知ってるの?」
    「昨日、松本君をあなたの家まで、私は家の者に送らせたでしょう、
    そのときに松本君が教えてくれたルートを通ってきたから、知っていて当然ね。」
    「ははは、そうだったっけ。」
    適当に笑ったが、一度通っただけのルートを覚えられるというのは、なかなかすごいことだ。
    いつもは疾風怒濤の勢いで通り抜ける閑静な住宅地や駅前をゆっくりと通り抜け、授業開始十五分前には学校に到着。
    いや、なんという、計画的且つ健康的な朝だ。しかも北方さんは僕の家によっていない場合、遅くとも授業開始の五十分前、
    すなわち八時十分には学校に到着しているらしい。
    全く、どんな一日のスケジュールで動いているのか見てみたいものだ。
    ぜひその情報機密をわが国の科学技術の発展のために、って、どうせ計画性と実行性のない三日坊主の僕には役に立ちませんよ。
    「ああ、松本君。」
    自転車置き場に自転車を停めながら、思い出したように言った。
    「今週の週末、そうね、土曜日は休日だから、土手のほうへ、サイクリングにでも付き合ってくれるかしら?」
    「梅雨になってしまうと、そうそう晴れることもないから、たまにはいいかしらと思って。」
    唐突な申し出で、あまり考えられなかったが(もっとも、考えようとしなかったが)、二つ返事で承諾した。
    というのも、昨日の北方さんのお父さんの話を聞いて彼女の力になりたいと思ったからだった。

    569: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:01:00 ID:f0v1EcC1
    その日は何の代わり映えのない、よく言えば平和な一日を過ごした。
    昼休みに理沙と洋食系のお昼ご飯を食べて、いろいろとお互いのクラスについて話したり、なんだりして当たり障りなく過ぎていった。
    北方さんは図書委員の仕事が大変らしく、昼休みと放課後の時間を取られてしまったようで、今日はあっさりと家へ帰ることになったので、
    最大戦速で戦域離脱を果たし、ラノベ・アニメ・ネットの三本仕立ての大巨編の激務をこなすことができた。
    いやはや、過去の自分を省みないのが漢と思っている僕は省みないのだが、こういう革命的生活が共産主義なテスト結果に繋がって、
    先生にマークされるという結果に繋がっているわけですよ。
    というわけで、激務で体力を消耗したのでさっさと寝ることにしますか。
    この日の夜に階下の地下室に明かりが燈っていたことは、松本弘行には知るよしもなかった。


    うららかな陽気の日々が何日か続き、北方さんは僕を毎朝迎えに来て、何度か彼女の家に招かれ、
    理沙は昼食を準備してくれて、お昼休みに一緒に食べて、いつだったかの北方さんと理沙の火花散らすような紛擾はなく、
    日めくりカレンダーを何枚か重ねて破ってしまったのではないか、という感じで時は過ぎ去っていった。
    そして、今日は土曜日。北方さんとサイクリングする予定の日である。
    理沙はその事を承知しており、最初は自分もその日に予定があったから、そっちに来てくれないか、
    と粘っていたが、すぐに折れて、昼食を用意してくれることになった。
    どうも理沙は北方さんのことが好きでないらしく、距離を取りたがっているように感じられたが、
    それでもこんな兄のためにいろいろとしてくれる妹というのも、古今東西探しても珍しいものだろう。
    僕が幸せ者であることを痛感させられます、はい。

    570: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:02:20 ID:slnBDuWI
    ピーンポーン
    北方さんが来たようだ。
    「松本君?出発の準備、できたかしら?」
    「いや、まだ少し時間がかかるので、中で待っていてください。」
    「じゃ、悪いけれど、そうさせて貰うわ。」
    それでリビングでコーヒーを出して少しばかり待っていてもらうことにする。
    「どうぞ、もしかしたらブラックコーヒー、ダメかもしれないと思ったけれど、大丈夫なら、どうぞ。」
    そういって勧めた。
    「ありがとう、いただくわ。」
    言葉だけからは、いつもの清澄というかクールな声が機械的に想像されてしまうのだが、
    ごく普通の体温のこもった暖かい印象の言葉が返ってきたので、驚きを隠せなかった。
    「あら、私の顔に何かついているのかしら?」

    その暖かさの分だけ、冷ややかな視線があることにそのとき、僕は気づかなかった。
    それから十数分ほどして、理沙がピクニックに行くときのような装備をいくつか持ってきて、
    出発する準備ができたことを教えてくれた。
    やはり、これだけ用意してくれたのに、理沙を連れていかない事に気が引けたので、
    理沙にも来るように勧めたのだが、遠慮がちにやんわりと断った。
    「お兄ちゃん、お兄ちゃん。今日帰ってきたら、私の、理沙のわがまま一つだけ聞いてくれるかな?」
    理沙はあまり僕にいろいろと要求することなどないのだが、珍しく何かおねだりするときは、
    彼女の一人称は私、から理沙、に代わる。
    今日はいろいろと準備して貰ったし、いつも僕のために弁当を作ってくれる理沙のわがままの一つや二つくらい、
    聞いてあげてもいいんじゃないか、そう思ったのですぐに受け入れた。
    「じゃあ、お兄ちゃんが帰ってくるまでに考えておくからね、楽しんできてね。」
    にこにこと屈託のない愛らしい笑顔に自然とひきつけられそうであった。
    しかし、その後に続いた、くれぐれも気をつけてね、という小さくつぶやくような言葉に僕は気づかなかった。


    571: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:03:24 ID:f0v1EcC1
    理沙から渡された荷物を自転車の大きな前かごに入れ、先に自転車を走らせていた北方さんの後に続く。
    通学途中の住宅地や駅前を通り抜ける。
    いつもはわき目も振らずに帰ってくることが多いのだが、時々外食するときに使う店の前も通っていった。
    途中、登下校時に全速力で走っていく僕のことを知っているクラスメートの何人かに会って、
    北方さんと一緒にいることを物珍しそうな目で見られ、またあるものは冷やかしてきたのだが、
    北方さんに倣ってさらりと受け流してみた。
    これには、北方さんもご満悦であったようで失笑していた。


    そんな感じで、北方さんといろいろと話しながら、車輪を走らせていたが、これが結構疲れるものだ。
    彼女の言う川べりの土手というのは、サイクリングロードとして整備されており、
    桜の並木道があるところでもあった。
    季節はもう遅いけれども、あそこで毎年のようにお花見をしに来る人が多いそうである。
    もう梅雨が近くなっていたので、この土手周辺に見える人影もまばらで閑散としていたが、
    周りに住宅地や無粋な工業地区もなく、田んぼや畑が広がるばかりで、ここがどこか非日常な、
    それでいて新鮮さのある風景だった。


    572: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:04:38 ID:slnBDuWI
    追い風が吹いているせいと僕が疲れているからなのかも分からないが、北方さんは異常に自転車をこぐのが早かった。
    ふはは、追い風なら僕にも吹いているはずなのに、不公平だ、不平等だ。
    運動不足の僕には持久力がないからか、いやはや、さっぱり追いつくことができない。
    途中、間が開いてしまって、何回か北方さんに待っててもらった。
    「くすくすくす、疲れた?」
    いたずらっぽい笑顔を向けて僕にそう聞いてきた。
    いや、だから、疲れたとかそんなレベルじゃなくて、それを既に通り越してしまっている。
    「見ての通り・・・、第一、何でそんなに自転車をこぐのが早いのかわからない。」
    「なぜでしょう?」
    いや、そんなにこりと質問されても、分かるわけがないってば、いや、何か彼女のことだ。
    また、悪巧みでもしてこっちの自転車が遅くなるようにでも細工しているのだろうか?
    未だに足が安定して地に着いていない感じで、いかにも考えていますという表情をして、
    こめかみに人差し指を当てて考える人のポーズを取る。
    「今、私が細工したとか、そんなこと考えたでしょう?」
    おお、いかん。またしても見透かされていたようだ。思ったことが顔に出る体質、
    というかここまでラノベの世界じゃないとありえないような把握のされ方をすると病気だよな。
    しかし、この病気はいい加減、何とかならないのか、小一時間問い詰めたいところだ。
    「ふふふ、あなたの私に対するイメージはどんなものなのかしらね?」
    うわぁ、唐突に学校で見せるようなポーカーフェイスで聞いてきた。冗談で聞いていると分かっていても、
    何か漠然とした、恐ろしいものがある。一種の白痴美に似たような美しさ、と最近では感じられるのだが、
    いや恐ろしいもんは恐ろしい。

    573: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:05:54 ID:slnBDuWI
    「疲れたなら、ここで休憩でも取る?」
    ふと見ると、今まで気づかなかったが、少し落ち着いてみると、ちょうどここに一里塚のように木が植えられて、
    しかもあずまやまであるという、まさに休憩には絶好のポイントであることに気がついた。
    しかしうまく謀った、もとい計算したような感じで、北方さんの如才のなさに恐れ入った。
    「じゃ、そうしようか。」
    「理沙さんが用意してくれた食事を食べるには少し早いから、これでもどうぞ。」
    と言って、羊羹を一切れ、手渡してきた。
    確かに腕時計をみると十時になったばかりだった。たしかにこれでは昼食には早すぎる。
    羊羹は嫌いじゃないし、糖分は貴重なエネルギー源だしちょうどいいだろう。
    「前に和菓子、好きじゃないって言っていたけれど、それ、私が作ったのだけれど・・・・食べてくれないかしら?」
    そう、少しはにかんだように言ってきた。
    一口、口にする。
    和菓子が嫌いと言うことはないのだが、大概甘さがしつこくて、嫌になってしまうことが多い。
    けれども、北方さんの作ってくれたものは非常に甘さを抑えた上で、素材自体の味を生かしているようだった。
    外見も几帳面な北方さんが作っただけあって、端正に仕上げてあり、
    手作りではそうそうお目にかかることのできない一品だろう。
    だから、少しもためらうこともなく、自然と賛辞の言葉が出てきた。
    「とても、美味しいよ。」
    彼女の抜けるように白い肌が少しだけ紅潮して見えたのは、
    きっと陽気のせいだけではないだろう。

    574: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:07:08 ID:slnBDuWI
    お茶とサンドイッチに舌鼓を打ちながら、休憩をしているときにさっきの質問をしてみることにした。
    「北方さん、何であんなに自転車こぐのが早いの?」
    「ふふ・・・・あれ、電動自転車よ。」
    「へ、電動?電気ですか?」
    「そうよ、じゃ自転車を取り替えてみる?随分、楽よ?」
    なんという、そんな落ちでしたか・・・細身の彼女が疲れずいられるのも何か理由があると思ったが、いくらなんでもそれはないだろ・・・・。
    「あー、ブルジョアに負けた!!!」
    「くすくす、では労働者のあなたに命じます、はやく乗ってみたら?」
    で、結局お互いの自転車をかえることになった。

    いわゆる電動自転車というのが、こんなに楽なものだとは思わなかった。
    さっきとは打って変わって、心に余裕がある状態であるから、土手から見える新緑の光景もまた一味違っていた。
    対して、僕の自転車に乗っている北方さんは表情にこそ出さないが、結構きつそうな感じだ。
    少し、ペースを下げて話をすることにポイントを置くことにした。
    最初はこの前の中間試験で化学は点が取れた、とか英語が厳しかったとかの話をしていたが、彼女の両親の話になっていた。

    577: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:08:12 ID:slnBDuWI

    「そういえば、松本君。うちの父がこの前、何か失礼なこと言わなかったかしら?」
    「え、失礼って・・・普通に人のよさそうな人だと思ったけれども・・・。」
    彼女のお父さんは娘に嫌われていると言っていた記憶がふと、蘇った。
    北方さんはフッと短く冷笑してから、僕にどんなことを話してきたのかをもう一度聞いてきたので、
    話された内容をいくつか話した。
    「・・・父は私のことを娘などと考えてくれたことなどなかったくせに、今頃になって・・・。」
    「あんまり、話さないほうが良かったみたいだね。機嫌を悪くしたなら謝るよ。」
    「いいえ、あなたは悪くない。それより、続きを話して。」
    「それから、北方さんのお母さん、もう既に他界されていることと、
    僕に北方さんと親しくしてほしいということ。」
    両者ともを自分の口で言うのははばかれる内容であったが、
    聞かれたのであらかたの内容をしゃべってしまった。
    「・・・・・。」
    内容を聞いて、切れ長の目に一刹那、強い光が宿ったのに気づいた。
    彼女の持っていた家族の集合写真にも母親がうつっていなかったが、
    母親には随分ひどい目に遭わされた、そう聞いていたので嫌悪が表れたのであろう。

    少ししてから、北方さんは口を開いた。
    「私の母は本当はまだ、死んでいないの・・・。」
    開口一番、僕が想像した答えとは別の答えが返ってきて驚きを隠せずにいた。
    「私の母は・・・」

    578: 和菓子と洋菓子 2007/05/27(日) 00:09:05 ID:slnBDuWI
    そう北方さんが言いかけたとき、僕は土手の端のほうを走らせていた自分の自転車が急に鈍い音を立てたのに気がついた。
    そして坂の傾斜に向かって、ぐらりと大きく傾いたような感覚がして―。
    危ない―、そう直感で感じ取ったときには壊れていく自転車ごと土手を転がり落ちていた。
    不思議と何とか自分で転がり落ちるのを止まろう、いや、止めようとできなかった。
    何度か、体を打ちそのたびごとに痛みの感覚が薄れていく。
    そのいくつかも体を地面に打ち付ける痛みだけでなく、何かもっと重くて硬い何かも体を打った。
    慣れてきた?いや、痛みに慣れるというよりは寧ろ気絶する、そういったほうが正しかった。

    さっきまで自分が乗っていた自転車が突然壊れ、自分の何よりも愛する人が体を自転車の一部や
    地面に打ちながら土手を転がり落ちていくのを、北方時雨はなす術もなく立ち尽くして見ていることしかできなかった。
    絹を裂くような叫び声と嗚咽が誰もいない川辺に響いた。

    580: 名無しさん@ピンキー 2007/05/27(日) 00:12:03 ID:slnBDuWI
    うわー、無駄に長くなってしまった、そんな感じの第五話です。
    読んでくださった方ありがとうございます。
    こんな感じですが話は続けるので、今後もよろしく。

    582: 名無しさん@ピンキー 2007/05/27(日) 00:12:53 ID:zx1A7W1I
    >>580
    GJ!!

    585: 名無しさん@ピンキー 2007/05/27(日) 10:30:09 ID:B1XmPAna
    >>580
    おバカな主人公の松本君に似合わぬシリアスなピンチktkr
    まあ彼なら大丈夫なような気がするがw
    次回wktk

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